それこそいい年をして何が”いい子でいなくては”かと自分でもおかしいのですが、幼い頃の経験は本人の記憶に残っていなくても、案外影響があるのではないでしょうか。

そこで、子どもに大きな変化を経験させざるを得ないときには、その年齢の子にわかるように話をする事は大切と考えます。たとえば私のように養子になるとか、親が離婚、又家族の誰かが重い病気や怪我、突然又は長い間親が家を留守にしなければならないときなど。

大人は自分の事で一杯一杯で、しかも子どもには話してもわからないだろうとか、そのうち気がつき慣れるだろうとか思いがちです。でも、突然の大きな変化は子どもの中でやはりトラウマになることはあるはず。

内容までははっきり理解できなくても、自分の周りにおきるかもしれない変化を親が説明してくれていて、一人ぼっちではないと伝わればそれからおきることを受け止める助けにはなるはず。

3才児は大人が思うよりいろいろなことを理解し感じています。ごまかしや嘘ではなく目を見て伝えようとすることが、その子にきっと役に立つと思います。

(2020.6.7)

      コロナの流行のおかげで家にいる時間が増え、あれこれ考える時間もふえました。

気がついたら前より、自分はこれでいいと落ち着いているようです

本当は見かけによらず(?)自信が無く、駄目な自分が何処かでばれてしまうのではと怖がりながら生きてきたようで数年前までは心が安まらなかった気がします。そんなとき西尾和美さんの「今日一日のアファメーション」に出会いました。ほしかった言葉がそこにありました。

「自分は、自分のままでいいのです。」

実は私は3才頃に親戚から養女としてもらわれてきました。自分ではその記憶は無く20才頃両親から打ち明けられるまでは全く気がつきませんでした。打ち明けられてもそれが何か?くらいな感じ。大切にされているのは十分わかるし幸せと思っていました。

ただ両親の顔色、結婚してからは夫の顔色が気になり、自分がどうしたいかよりみなを機嫌良くしておきたい。でもそううまくはいかず周りの顔色にいちいち気がついてしまう自分も嫌でした。

外でも自分を素直に出すことはなかなかできず、何故と考えたとき、いい子で無ければ受け入れてもらえないのではという気持ちがあるのではと気がつきました。

いい子は止めようと努力中ですが、それでも時々出てしまいます。

何故そうなったのか・・・・。

3才の頃の自分を想像します。田舎の農家の子だくさんの末っ子。親戚のやさしいおじさんおばさんに時々遊んでもらっていたのがある日そのまま連れて行かれて一緒に暮らすことに。

多分本人に説明は無く今度からうちの子だよ位だったのでは。前にも書いたように記憶には全くないのですが、今仕事で同じくらいの子どもたちに会うことが多く、それからすると覚えていなくてもいろいろなことを感じていたはずです。いい子でいないとと言う気持ちが育ったのはそこかな。

(2020.6.7)

  私がカウンセリングを学ぶきっかけは13年前の医者仲間の講演会でした。西尾和美というアメリカ在住のカウンセラーのリフレーミングに感動して,すぐその先生方が設立された心理の大学院に入り今こうしてカウンセリングをやっています。

その西尾先生がこの7月、癌で亡くなられたと知りました。74才。仰ぎ見る様な気持ちだったせいか自分とそんなに違わないお年に驚きました。

自分に大きな影響を与えてくださった方々がぽつりぽつりと逝かれます。

寂しいです。

でも自然な事ですから自分もいずれ。それまでは、まだお話を聞ける師にはできるだけお会いしておきたい。自分も学んだこと経験したことで誰かの役に立てるよう与えられた場で誠実に人に会っていきたい。そう思っています。

(2019,7,17)

  飼っているペットの介護をしている友人が、この子たちが逝ってしまったら私も一緒に逝きたいと言います。そんな〜と思いましたが,そういえば私も同じような気持ちになったことがありましたっけ。

かつて10年近く寝たり起きたりの母を介護していたのですが、暑い夏、熱中症をきっかけに思いがけず急に亡くなってしまいました。それまでは正直なところ「この生活がいつまで続くのだろう」とため息をつくこともある親不孝娘。

でも母が亡くなってしばらくは心の中にぽかんと穴ができたよう。夫とは心が通わない,子供らはそれぞれ自分でなんとかやっていくだろう、自分を一番愛してくれた人はもういない。もう役目は果たした。いつ消えてもかまわない。落ち鮎のような感じ。遺言書を書きました。

あの頃は人の何気ない親切がすごく心にしみた記憶があります。

ひどく寂しかったから。

友人も寂しいんだと思います。元気になってほしいです。

一人じゃ無いよ、気に懸けているよと伝えたい。

(2018.12.7) 

  今日、「市長へのメール」をしました。

内容は”民間の障がい児発達支援通所に対して市が経済的に援助してくださることに対する感謝”。

5年前から宇都宮市子ども発達センターに出務するようになって感じたのは、個々の療育は質はよいけれど多くても月1回までと回数が少なすぎることでした。

それが3,4年前から民間の児童発達支援事業所が増え、今度は利用者に市が利用費を補助してくださるようになったのです。また、民間の療育を受けた場合でも発達センターで発達の経過を追うことができるようになり紹介しやすくなりました。

この頃そのような療育を受けたお子さんが節目の診察に来ることがあり、中には予想以上に伸びの見られることもあります。

ちょっと嬉しくてやや興奮気味に知人に話していましたら、末端のそういう思いは行政には伝わっているのか?と言われました。確かに!!

診察に来る子どもたちの親御さんには「できないことや困ることはすぐ目について口に出してしまうけれど、やろうとしている事、頑張っていること、前よりよくなったこともあるはず。よく見てちゃんと口に出して伝えてね。」と日頃言っています。

頑張っているね、助かるよ、ありがとう、はそう思ったときは伝えた方が、言われた側の元気が出るはず。子どもに限らず大人も。きっと行政の方々も。

宇都宮市の行政、頑張っていると思います。

(2018,6,27)

   最近、問い合わせてこられる方に「まだ、カウンセリングやっていますか?」と聞かれることがあります。気がついたら、ずいぶん長い間ホームページの更新をしていませんでした。

大丈夫です。ここにおります。

膝のけがが治った後、スキーに復帰しましたので11月末から4月初めまでは留守にすることが多いですが、合間をぬって(?)宇都宮市発達センターでの診療と自宅でのカウンセリングを行っています。

夏の間は毎週火曜日は発達センターに出務しますので、それ以外の平日にお引き受けしています。

  宇都宮でカウンセリングを始めて5年余りたちましたが、季節による変動は毎年似た傾向があります。新規の方が増えるのは5月連休明けと夏休み明けの9,10月。新しい動きがあって一旦終結になることが多いのは1月と4月。

最近は大人の方の相談もふえていますが、こちらはさほど季節差を感じません。

これまで自分がインプットしてきたことを誰かに還元できたらいいなと思ってやっています。

「無理しない。自分のキャパシティ以上のことは引き受けない。恰好よくなくていいから、細く長く続ける。」うちに来るクライアントさんに言っていると同じことを自分にも言い聞かせています。

(2017,5,13)

  前回の更新から1年近くたってしまいました。

カウンセリングは以前と同じペースで続け、市の発達センターは人手が足りないというので4月から11月までは週1、冬は隔週で働いています。

今年の1月にスキーレッスン中に暴走スキーヤーに衝突され左膝の靱帯が切れてしまいました。周りは年だからもうやめたらという雰囲気でしたが、好きなことをせずに生きても…と再建術をしてくれる病院を探し受けました。

スキーに復帰したい一心でリハビリを結構まじめにやりました。動かせば痛いし腫れる、でも動かさねばこわばってしまう。「理学療法士がこのくらいやって大丈夫というのだからきっと大丈夫。」自分にそう言い聞かせながら、本当はこわごわ。

おかげで先日「今度のスキーシーズンに滑ってもよろしい、ただし念のため装具はつけて」と許可が出ました。うれしいです。

それにしても理学療法士がいなかったらここまで回復できなかった。

怪我からの回復は一人では大変。でも、ちゃんとした知識と経験を持った人がそばにいて「このくらいなら、あなたは大丈夫」と励ましてくれれば少し前に進めます。

私の仕事も似ているかもしれないと思いました。

(2015,10,11)

  スキー以外の私の趣味にフルートがあります。

 昨日はその宇都宮フルートアンサンブルオーケストラ(UFO)の年1回の演奏会でした。

昨年は私事で1年休会したので、ブランクを取り戻すのは本当は大変でした。こんな私が出てもいいのか?ダメかも・・・と気弱になることも。

でも、参加して良かったです。初めはどうなることかと思う状態から、少しづつ形になり他の音と響き合う心地よさが感じられ、最後はやった!という感じ。本番では指がまわらなかったり音が出なかったり色々あったのですがでもがんばりました。楽しかったです。

次はもうすこしうまくなりたい。

  もう一つ、とても嬉しかったのは演奏会後の楽屋に思いがけず花束が届いていて、それが以前のクライアントさんからでした。「元気でやっています」のメッセージ付きの花束を下さって、カウンセリングをやっていて良かった、フルートをやっていて良かった、と幸せを感じました。これでまたがんばれます。自分が誰かの役に立つ事が私の元気の素です。ありがとうございます。

(2013,9,9)

  小児科医という経歴のためか、お子さんの事をきっかけに来られる方が多いです。特に思春期の不登校気味とか激しい反抗期とか。

でもお話を聞いていくうちに、子どもさん自身は健康で正常発達の途中なのに対し、子どもの成長に親の方がついて行けずこんなはずでは無かったと戸惑い、自分のこれまでのやり方が間違っていたのではと落ち込んでいることが多いようです。

親離れより子離れの方が難しい。信じて見守ると言うことは、手を出し口を出すことより大変です。

失敗してつらい思いをすることが目に見えているのに、自分の言うとおりにすれば何とかなるのにって。でも、子どもは自分とは違う人間です。特に思春期は右と言えば左を向く。

子どもの悲しむのを見るのはつらいです。自分も子育て現役だったときのことを思い出します。負ぶって走っても良いのならそうしたかった。でも、自分で選んでやったことで無いと身にしみないのも確か。

失敗や挫折も本人の大切な財産なのだと思います。親に出来るのは「先達としてアドバイスはする。決めるのは本人。困ったときはいつでもここにいるよと伝えつつ信じて見守る。」くらいでしょうか。

(2013,2,22)

  宇都宮に移り住んで2度目の冬を過ごしています。昨冬25年ぶりにスキーをやるチャンスがあり、こわごわ滑ったら昔のスキーより楽に曲がれるし楽しい〜。スキー一式買ってしまいました。

うまくなるには回数を重ねることと良いコーチが必要。さてどうするか。

車の運転に自信が無いので現地集合のシニアスキークラブに入りました。全く知らないメンバーと相部屋、合宿状態。興味と不安と両方でしたがこれが予想外に面白い。

全国から元気な70代80代の自称スキー馬鹿のお兄様お姉様方が集まってくるのです。

この集団の中ではわたしは若者(!)です。

今回のツアーのコーチ曰く「教える人の中でも自分に合った言い方をする人(納得できる説明)というのがあるからそれをやってゆけば良い。」

いろいろなコーチの言い方・やり方で目の前で滑って見せてくれ「目的は皆同じなのだ」と。

そしてこちらが出来なかったことが出来るようになると、本当に誉め喜んでくれる。嬉しくてやる気が出ます。先生の鏡。

子育てもこうで無くちゃ。

ふと、先日子ども発達センターでカンガルー教室を見学させてもらった時のことを思い出しました。

その時間が終わり親子が帰った後、関わった職員が「今まで出来なかったあんな事やこんな事をやりはじめた!」と実に嬉しそうに話し合っているのです。出来るようになったね!と言う職員のあの喜びはきっと子どもとそのお母さんに伝わって次への力になる様な気がします。

たまに若輩という立ち位置、教えられる側になるのも新鮮です。

(2013.1.30)

  このところ小児科医仲間のMLで「心の強い子に育てるには」というテーマでやりとりがされています。8月の大学院の講座でも同じテーマでしたから興味があります。

  私は小学校の高学年の頃、「何で生きていなくてはならないのか」を結構まじめに考えた事がありました。
結局、痛いのや苦しいのは嫌だし怖かったのも死なない理由の一つでしたが、思い至った一番の理由は”両親が悲しむから先には死ねない”でした。

そのうち「自分に与えられた能力を十分に発揮して生きることが生まれてきた以上やるべき事」というような使命感がどこからか加わりました。親や本や周囲のいろいろなものからそう思うように仕向けられてきたのでしょう。
仕事をし、結婚して子どもができ、守らねばならないものが増え、いつの間にかその中には老いた親たちも加わり、ゆっくり考えるまもなく日が過ぎました。子どもたちが手を離れ親を見送ったときは、もう役目は果たしたからいつ死んでもいいような気がしました。遺言書まで書きました。 

そんなときにたまたま出会いがあり心理の勉強をする事になり、自分がもっと楽に豊かに生きられ、まだ誰かの役に立つことができると思ったら、死んでもいいとは思わなくなりました。

いろいろありましたが、私は多分打たれ強いのだと思います。

  私の場合いろいろなことを切り抜けてこられたのは、両親からのあふれる愛情、その中で自分のミッションは何かを考えた事、毎日の生活の積み重ね、人とのつながり、この4つが大きかったかなと考えています。

子どもたちを心の強い子に育てるには・・・・、いろいろな考えがあるのでしょうね。

(2012.10.2)

  大学院の夏期講座で「レジリエンスをはぐくむ子育て」について2日間、来日されたアメリカの本校のスーザン・リーガス教授の講義を受けてきました。

レジリエンスとは「立ち直る力、ストレスや逆境に対処できる能力」のことです。つまり、打たれ強さ。

同じ経験をしてもそれによって具合の悪くなる人と、さほどの傷が残らないように見える人が居るのはなぜだろうという日頃の疑問に少し答えが見つかりました。

なるほどと思うことがたくさんでした。

印象に残ったのは

人は最初は他の人にどう評価され受容され愛情を受けるかで自己意識をはぐくんでいく。成長していくと言うことはこのような自己意識から本当の自分は?と疑問を持ち克服していくこと。

そのためには親は

1.子どもに失敗を許す

2.子どもが親離れしていくのを許す

3.子どもに不安や葛藤を経験させるのを恐れない

4.子どもに過剰反応したり回避したりしない

5.しなければならないことはがんばらせる

自分を知り、自尊心を持ち、その上でそれを保ちつつ人とつながるバランスがとれる人。

子どもたちをそう育てたいなら、親がまずそれをしなくては、そしてその親の伴走者になろうとする私がそうしなくてはならないのですね。

(2012.8.14)

うちのワンコは今1才7ヶ月。人間なら20才前後。お年頃。いろいろ気が散る頃です。

このところ急に暑くなったので毛皮を脱ぎ夏仕様に変更中です。

そのせいか結構美犬だったはずが、ちょっとみすぼらしい。

人間の旅行の都合で動物病院にお泊まりしたら、食事はちゃんと食べていたはずなのに体重は結構減っていました。

ストレスで痩せるのですね〜。

回復中なので飼い主としてはかわいそうでぴしっと出来ません。

すぐに見抜いていたずらが増えました、。靴を持ってきたりゴミ箱を探ったり。

「いつもは専制君主のごとく、かわいがるときには幼稚園の先生のように。」ワンコの訓練士さんに言われた言葉です。

明日からそうしよう。

なんだか子育てと共通点が一杯。ガンバロウ。

(2012,4,29) 

新しい土地に移り住んでもうすぐ1年がたとうとしています。

約40年間、小児科医として働いてきたのが気がついたら肩書きが無く、無職?主婦?私は何?と言うか、何だか慣れない感覚でした。

でも今思うと自分のしたいことは何かをじっくり考える良い時間だったかもしれません。

自分がいろいろ取り入れてきたことを今度は誰かのために提供しようとカウンセリングルームを開き、少しずつ来られる方が増えています。ゆっくりゆっくりですがこの位が私には合っている様です。

大学院の先輩で仲間と働きその仲間にも勉強をさせ自助グループや講座や本を出版したり、さらに仕事を広げつつある人がいます。
時々ホームページを覗いてはすごいなーと刺激を受けています。


でも、彼女が動物だとすると私はどうも植物的です。
自分から動くことはなかなか出来ない、けれどいつもそこにいて来るものは拒まず去る者は追わず。

旅の途中の大きな木、またはお地蔵さんみたいな感じ。

私はここにいます・・・って。いざとなったらあそこに行けばいいと思ってもらえればいいかな。
人はそれぞれ違うのでしょうね。
(2012.4.29)

  新しい土地に移り住んで8ヶ月、小児科医としてはリタイアのつもりでしたが、人手不足の折から、4月から市の乳児健診と休日診療センターのお手伝いを少しする事になりそうです。

子どもたちの成長や病気の状態はそんなに変わらないのですが、予防接種や治療法は1年の間にもどんどん新しいことが加わってきています。4月に向けて少し頭を医者モードに戻さないとなりません。

ブラッシュアップの手段として、小児科医のメーリングリストや、VPDを知って子どもを守ろうのページを、前より丁寧によんでいるところです。

VPDを知って子どもを守ろうを読みながら思ったのですが保護者の方々にも出来るだけこのホームページを見ていただけるといいなと思います。

特に予防接種スケジュール(0才から1才、7才まで)は便利に出来ているようです。

(2012.1.28)

 この日曜日は卒業した臨床心理大学院の教授の呼びかけで、”セラピストビレッジ”という集まりの立ち上げ会に参加してきました。

参加するのは、カウンセリングに興味を持つ人、という緩やかな枠です。

新たなセラピーを提案していく場として、学会よりももっと自由に物が言えて、いろいろな人と知り合えて、新しい技法のヒントがえられて、パワーをもらえる場所になるようにという集まり、と私は受け取りました。

60人近くが全国あちこちから集まりました。 

予想通りといいますか、集まった人達も、カウンセラーの他、鍼灸師、心療内科医、家裁の元調査官、ヒーリングサロンを開いている人など、様々で、正直なところ、普通だったらあまり知り合うことの無い職種の方々でした。なかなか面白そうです。

知らない分野の情報やいろいろな考えを知り、頭を柔らかくして、カウンセリングを受けに来る方々の役に立つことは取り入れようと思った一日でした。

(2012.1.23)

   2年前、カウンセリングの患者さんのためとに医院の診察室の一画に丸いテーブルと椅子を用意しました。

医者と患者と言うよりも一緒に考える伴走者として、相談に来られる方と同じ椅子に座ろうと思ったのです。

どのような部屋でどのような椅子に座るかでずいぶん感じが違うものです。

今回は椅子や丸テーブルは無し。小さな部屋に絨毯と座布団、ちゃぶ台のような小さな座卓です。

自分では案外いい感じと思っているのですが、どうでしょうか。

(2011.8.18)

 8日間のサンフランシスコ研修から帰ってきました。大学院が最も力を入れている授業です。内容はサンフランシスコ市内のさまざまなカウンセリングを行っている施設見学をし現場の話を聞いてレポートをまとめるもので、目標はこれから自分たちがどの様に日本で働くかを考え原動力を与えるためと考えられます。
  普通観光で見るのとは異なるサンフランシスコ市の部分を見ることが出来、その組織の有機的なこと、予算規模の大きいこと、それぞれの組織がネットワークで繋がっているさまを見てきました。

  今回私が見学できたのは、主に母子家庭を中心としてカウンセリングサービスを行っているNPO,3歳以下の子どものいる家庭に出向いて家族・親子のセラピーを行ったり、それに携わる人をトレーニングするプログラム、サンフランシスコ児童虐待協議会の3カ所でした。いずれも働いている人達の熱意、自治体や企業や個人がそれをバックアップしようとしている様が共通していて、引き比べ日本は・・・と正直なところうらやましく思いました。


でもそれぞれの歴史を聞いてみると、どの組織も初めは数人のボランティアがこれは必要だからと、細々と始めたことが今に繋がっているらしいのです。ないないと文句を言ってばかりいないで自分の出来る事からまず始めてみる、必要なのに足りないと思ったら自分がそれをやってみればいいらしいと気が付きました。


自分のやれそうなことはなんだろう、少しずつ積み重ねていこうと思っているところです。
 (2010.9.8)

  この1年間は毎週水曜カウンセリング実習のために東京へ日帰りをしてきました。それも間もなく終了です。初めは地元で子どもの心理療法をと考えたのですが,丁度いい研修先が無く、大学院の先輩の薦めもあってエイッと東京まで出かけることにしたのです。

結果は良い選択だったと思えます。
そこに来る患者さん達は生きづらさを抱えた大人達で、症状としては摂食障害・うつ・パニック障害・対人恐怖・強迫性障害・統合失調症などの方々。

お話を繰り返し聞くうちに見えてきたのは、みなさんきまじめ、とても人間関係が不器用、そしてその根っこの方に育ってきた家庭に問題があることでした。

子ども時代に明らかな虐待を受けた人もありましたが、中には一見育ちに問題の無さそうな人もいます。でもそれで良いんだよと言う安心感、自己肯定感が育ってないことが共通点のようです。

  これから自分のやれること、役に立てることはこれかもしれないと見えた気がしました。

  自分の子育てのことを振り返ると、子どものこころをどう育てるかについてはだれも教えてくれなかったしそんなに考えていませんでしたが、本当はとても大切なことだったと今になって思います。
苦しんでいる大人に対する援助も必要ですが、子育て支援はそういう大人にしないために役だつのではないかと思います。子どもたちを身体だけでなくこころもすこやかに育てるための応援をしたい、そのために具体的に自分に何ができるか考え中です。

 (2010,7,29)

  もうすぐ6月。今在学中の臨床心理大学院は3年間なので、修士論文が通れば9月に卒業です。私の論文のテーマは「不登校の親支援」です。

元々の興味は発達障害のお子さん達にあったのですが、実際に相談を受けてみると不登校の中高生の比率が多かったのです。それならばこれを機会に不登校を総合的に見ることができる様に、親御さんを支援することがひいては子どもたちを支えることになると思いテーマに選びました。

  実際に初めに不登校の相談に来られるのは親御さんがほとんどで、ともすると本人に会うことはずっと後になります。実は自分自身もむかし「不登校の子どもの親」でした。学校へ行くなんて当たり前のことだと思っていたのに、ある日突然自分の子どもは行けなくなる。よそのお子さんが朝登校するのを見ながら、「なぜ?これからどうなるんだろう」というあの気持ちは、もう二昔以上も前なのに結構リアルです。

  その時相談に行った児童精神科医の先生は、親にとって嵐の海の灯台みたいでした。不安が持ちこたえられなくなると、何をすればいいのでしょうか、このまま見守ることで良いのでしょうかと助言を求め、その言葉で少し落ち着いてしばらくは様子を見ることができる。それを何度かくり返すうちに子どもが再び学校に行き始めました。

   勿論「不登校」という見かけは同じでも、一人一人理由も辛さも違います。でも、周りの大人が安定することは変化に大きく役立つと自分の経験から想像し、今回の研究論文でそれを確認したかったのです。5月末が最終提出期限。さまざまな研究からの結論はやはり私の予想した様に、「親御さんを支えることは子どもたちの回復にとって意味のあることである」となりました。

  今まで何となくそうではないかと思ってやってきたことが、根拠があることとしてご相談に乗れるとおもいます。風邪や下痢のように短期決戦とは行かないですが、一緒に前を向いて伴走してさし上げることはできます。

(2010,5,24)

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